対談 Q&A


2021.10.21
某所、何の変哲もない、書割風の一室。
同席者は、可愛がっているジュエという名の
チワックスの雑種犬一匹、

其の人は、口をヘの字に結んで、黙っている。
こんなことまで話させるのかと、
ややご機嫌斜めのご様子。
しかし、ついにおずおずと口火が切られた。

そろそろ始めてもよろしいでしょうか。
ああ、そうだね。どうぞ、何でも聞いて下さい。
いつごろ気づかれたのでしょうか。
何を。
その、あの……、都之さんのお生まれになった処が他所とは何か
違うようだと気付かれた、年頃とかは。


ハハハ、そのことか。そうだね、それが一番皆の知りたいことだね。
それは何時とかではなく、いつの間にか、自然と判るようになったね。
別に、村の入り口に立札、レッテルが張られていたわけではないし、
人から教えられたわけでもないし、
親から告げられたわけでもない。
親たちも分からなかったのではないかな、
どうして自分たちがそのように呼ばれるのか、
理由がわからなかったのではないかな。
自分が大人になって、関心を持って、その関係の書物を漁っても、
自分の村はそこに描かれている人々たちのような、とはまた別の、
何もない、ただ何かが在る、かのような外観を見せていた。
不思議な気がした。
自分はそのときの情景を、小説に書いた。

駅から自転車に乗っての帰り道、田園の向こう、低い山すそに続く
村々のうちのその一画だけが、赫々と燃えていた。


貧乏な人々はどこにでも居る、
貧農というのも特徴的なことではない、
家族を養うだけの田んぼがなかったから、土方や竹細工などして、
生活の足しにしていたが、それは特異な事柄ではない。
なぜそうなのかという、答えはどうしても見つからなかった。
体制から落ちこぼれた者たちが集まって、村を作り、
それが定着してしまい、そうではない者たちから、
いつしかそう呼ばれるようになった、
そうなのだろう。
そうとしか、考えられない。
答えなど、見つからなかった。
たとえ、答えが見つかったとしても、
それは的外れな、くだらないものだ。
余すところなく、自分を語ってくれる性質のものではない。

其の人は、言葉を探そうとして、だんまりになった。
代わりに、ジュエが吠えたので、いったん休止にした。


2021.10.22
ドリップコーヒーを淹れると、お互いに一口飲んで、
今度は其の人の方から、語り始めた。

君は、「絶妙好辞」という言葉を知っているかね。
はあっ!
ハハ、その様子では知らんな。
三国時代の魏の武帝曹操の逸話にある有名な話だ。
話せば長くなるが、言葉というものは分かってしまうと、なあーんだ、
そういうことか、になってしまう。
騙るに落ちる、腑に落ちる、とも云うがね。
どういうことでしょうか、都之さんの今回の対談に関係ある話でしょうか。

多いにある。あるとも、さ。
まあ、坐りなさい。
別に、君を困らせてやろうとしているわけではないんだ。
いつごろ、そのことに気づいたかということだったね。

そうです。
物心ついた頃には、もう何かが違うんだということが、解っていた。
親たちはこんな風に話していた。
「あそこは一般の人だから……」
と云う事は、
「こちらは一般の人ではない」、ことになるよね。

……
それでいて、何が一般で、何が一般でないかは、大人になるまで
分からないんだよ。
まあ、現在も分かっていないと云えば、そうでもあるがね。
これはね、実に厄介なことだ。
自分が何者かわからないままに、いわば宙ぶらりんになったまま、
思春期を迎えるのだからね。
自分が何者か分からないのに、女の子を好きになるわけには
いかないだろう。
はあ、そうかもですね。
だろう? 何が辛いかと云って、
若い男にとって女を素直に好きになれないということは、
死ねと宣告されているようなものだからね。
晩生になるか、早熟になるか、どちらかだ、
大抵は引っ込み思案になる。
自分は、それではいけないと、逆に発奮して、みごとに振られた、
けどね。
自慢ではないが、両手に余るほどの女に惚れて、
土俵際まで追い詰めて、結局うっちゃられて全敗した。

詰めが甘かったわけですか。
バカ野郎!

其の人は、今や、笑いながら、何でも話せるのだった。